東京・佃の歴史と魅力を再発見! 徳川家康と漁民の絆が生んだ島を歩く
Mummy-D&KOHEI JAPANの遠い目症候群#01
■情緒溢れる街を気ままに歩きつつ遠い目……
島内には3軒の江戸時代から続く佃煮屋さんがあります。素朴で商売っ気の薄い現在の佃で何かお土産を、ってことで、そのうちの「佃源 田中屋」さんにてあさりの佃煮をゲット。江戸前で採れた海産物を保存のために甘辛く煮つけたのがまさしく「佃煮」。白いご飯の中に埋めて温めてから食べるとホクホクしてたまんないのであるが、お店のおばちゃんによると、バターを塗ったトーストに乗っけてもこれが相性抜群らしい。わかりみしかない。

佃島を代表するグルメ、佃煮をゲット。
撮影:Mummy-D
旧佃島から灯台のある佃公園(旧石川島)に渡る瞬間、一瞬だけそこが人工島であったことが垣間見れるアングルに出会えます。この写真右側のブロック、お堀に向けてお尻を向けた住宅群の並ぶラインが、その境界でしょう。おお、見えてくる見えてくる、かつての佃島がっ!(涙目)同じような妄想を同じく市街地に埋没してしまった長崎の出島でも膨らませたことがあるが、これぞ歴史好き、いやさ「歴史人」の醍醐味ってヤツではないのか???……などと、人知れず静かにコーフンするのでした。通報しないでください。

撮影:Mummy-D
そんなこんなで最終目的地、佃公園石川島灯台に辿り着いたわたくしたち。ちょっと隅田川にカメラ向けるだけでこんなドラマチックな写真撮れちゃうんだから、スタッフが用意してくれた冷凍スポーツドリンクを舐め舐め、汗だくで街歩きした甲斐があるってもんです。

撮影:Mummy-D
大いなる川の流れに想いを馳せる坂間兄弟。…そう言えばなんでオレ30年前のこのあたりの風景覚えてんだろ?あ、そうだ!当時(1993年、大学5年生w)付き合ってた彼女が屋形船でバイトしてて、この辺から船が出てたんだった。そんなところに30年後にお互いおっさんになった弟と共に取材に来てるなんてなあ……そう言えばあの娘、どうしてるかなあ。幸せになってるといいなあ。オレもあれから色々あってさあ、膝も痛いし……なんて、結局最後は佃も江戸も家康も全然関係なく自分のレキシに遠い目……。ああ、やっぱりオレって真の「歴史人」なんだなあ……。

大いなる歴史の流れは、まるで眼前に広がる隅田川のよう。人と社会の営みの奔流を目の当たりにした時、自らの歩んできた道を振り返り、思わず遠い目……。
「んー、限界。さっさと飲み行こ」
ってことでそそくさと佃大橋を渡り、渡船場そばの居酒屋に駆け込む、我ら遠い目探偵団なのであった……。